あづちりこの「見所から」

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help リーダーに追加 RSS 添い遂げる幸せ〜「通小町」響の会

<<   作成日時 : 2006/11/15 13:47   >>

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青山の景色も久々である。夏とかには来た事がない。よって寒いイメージ。画像右は開場を待つついでに写したもの。いつのまにかPRADAの隣にはカルティエが!すっかりブランド通り。その反対側に能楽堂があるのも不思議な感じだ。てっせんは特にコンクリの打ちっぱなしな外観なので中に能楽堂が詰まっているとは想像しにくい。響の会は4月のはしご以来だな。あづちの好きな西村先生がシテだ。しかも「通小町」だ!初めて見る番組はわくわくだ。当日引き換えのあづちはチケを持っている人達より早く入場できた!ラッキ!位置的に小鼓方の真正面に陣取る。今回は源次郎さんだからだ。青山の舞台はまじまじと演者の顔を見ちゃったりする。シテの方々は面があるのでたいした事はないだろうが、囃子方はどこに視線を持ってくるのかな?いまほどではなが、そろそろ乾燥が気になる季節である。鼓同様自分のノドにも湿気が欲しい所だ。

都洛北、八瀬の山里に一夏の間、僧が籠もり、仏道修行をしている。その僧のもとに毎日、木の実、薪を持ち訪れる里女がいる。小町は今回ツレになる。ある日、僧が女に声をかけると「小野とは言はじ薄生いたる市原野辺に住む姥ぞ」と謎めいた言葉を残し、回向を願って消え失せた。僧は思いあたる。古物語に市原野辺で死んだ小野小町の髑髏の目の穴から薄が生え、その薄の風に鳴る音が「秋風の吹くにつけてもあなめあなめ小野とはいはじ薄生いけり」と聞こえたという。あなめあなめとは、目が痛いという意味。そこで僧は市原野に行き、小町のために読経し、弔う。小町の亡霊が現れ回向に感謝し、戒を授けて欲しいと願う。背後に忍び寄る深草少将の怨霊。煩悩の犬となり果て、なお小町に執心を持つ少将の霊は小町一人戒を受けようとするのを妨げ、小町の袖を取り引き留める。僧は少将に、罪障懺悔のため、小町のもとに百夜通いした有様を見せよと言う。少将は請われるままに、小町の嘘を信じ雨風の中通い詰め、恋の成就を目前にして喜ぶ様を見せる。やがて二人は僧の弔いによって成仏する。

てっせんの青山能ではないのでアフターフォローがないのがちと残念。西村先生の謡はやはし良い。旅情的。小町関連は、1度くらいの鑑賞ではままならない。あづちはツレの慈一さんもよかったと思う。源次郎さんは電車の遅延もあったせいか少々疲れているように思えた。みっちゃんは相変わらずビブラードかかりまくり、ちょっと耳さわり。いただけない。

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